モンゴルと技術のあり方
上へ KGBでの2日間 モンゴルと技術のあり方

          

モンゴル技術大学名誉教授と技術のありかたについて

東北大学東北アジア研究センター 教授 佐藤 源之


「日本の東北大学はアジアの大学の中でトップ5の一つと言われています。東北大学はモンゴル技術大学と共同研究を始めて数年経ちました。数日前に東北大学東北アジア研究センター佐藤源之教授はモンゴル技術大学で地中レーダに関する研究についてセミナーを開きました。佐藤教授がモンゴルに来たのは今回始めてのことではありません。ウランバートル市における地下水変動を地中レーダという新しい手法により研究を行なうため、モンゴルを既に数回訪問しています。地中構造の情報取得方法は多数存在しますが、特に地下5mから10mまでの情報を得る方法として地中レーダは有望な技術の一つです。このセミナーは地中レーダという新しい手法を用いて、どの様な計測ができるかについてモンゴルの専門家、研究者、大学院生、学部学生を対象に開催されました。昨日行われたモンゴル技術大学の理事会は、佐藤教授にモンゴル技術大学の名誉教授号を授与することを決定しました。当大学の名誉教授称号は世界で有名なトヨタ自動車の会長である豊田氏などにも与えられました。これまでモンゴル技術大学の名誉教授号を受けた日本人は佐藤教授で4人になります。」
(2001年1月17日の朝6時、6時半のモンゴル・ラジオ朝ニュースで放送された原稿を本学大学院学生ウネマンダフさんが翻訳)

草原と放牧の国のイメージに誘われ、モンゴルを訪ずれる日本人観光客は毎年増加し、夏には日本から直行便が週に何便も運行されている。「スーホーの白い馬」は広く知られた童話であり、私自身モンゴルのイメージはこの絵本の挿絵で形成されたように思う。また小学生のころ「赤い英雄」を意味するウランバートルという名前の響きが、とても不思議なものに思えた。戦後長い間、多くの日本人にとってモンゴルは遠い国であった。しかし現在、関西国際空港から4時間、ウランバートルの空港に降り立てば日本からの援助による大型バスが日の丸とモンゴル国旗をつけて走り回っている。
モンゴルの美しい自然はおそらく、チンギス・ハーンの時代からそれほど変わらず残されている。しかし現実のモンゴルが直面する問題は数多い。民主化後の政治、経済の不安定状態は10年を経てもなお解消されず、首都での極端な人口増大とそれに伴う都市問題、生活環境の悪化にあえぐ一方、本来の産業基盤である遊牧民生活の変化など、今後いかに健全に環境と社会を保ちながら経済発展をめざすかはモンゴルの大いなる課題である。
本年1月、モンゴル技術大学において、地中レーダの講義をするためウランバートルに降り立った。その日の朝、雪害調査のための国連チャーターヘリコプターがモンゴル西部で墜落し、日本人2人を含む8名が亡くなったのを知ったのは、次の日のテレビニュースだった。日本だけでなく、世界中の国がモンゴルの現状と将来のために援助を惜しまない。
地中レーダは人間一人が飛行機で持ち運べる程度の大きさの装置でありながら、地下水調査では非常に有効な計測方法である。降雨の少ないモンゴルでは地下水や凍土など地中に蓄えられる水が環境に与える影響はとても大きい。こうした環境問題に対し地中レーダ計測で得られる詳細な地下情報が有効であると考え、私は1996年からモンゴルとの共同研究を開始した。またウランバートルの地下水は環境に加え地盤沈下、飲料水不足など社会的問題でもあり、ウランバートル市の上水道供給地の地下水調査を地中レーダで行う国際共同研究を1999年より開始した。この間、モンゴル技術大学からは地質学、地下水理学等の研究者、またウランバートル市水道局などの協力を得て、多くの現地実験を行った。広大な草原で障害物もなく測定できる環境を日本国内で見つけることは困難であり、こうした実験フィールドと地中レーダ技術は極めて相性が良い。従って技術開発研究の立場からもモンゴルは理想的な研究環境にある。地下水計測結果についてモンゴル側研究者と討論をすること、またモンゴル側研究者にデータ処理などを会得していただき、将来的には彼等自身での測定を行っていただきたいことなどの願いを込め、今回モンゴル技術大学で集中講義を行うことにした。講義の2日目、バダルチ学長から昼休みに学長室によばれると、大学の学部長会議が開かれており、名誉教授号授与がその会議で決まったところであると告げられた。馬乳酒を注がれた杯に聖なる青い布をかけ、これを一杯飲んだ後、学位記を渡された。地中レーダはモンゴルの状況に適合できるハイテクと考え、モンゴルのために技術を広めるため実行してきたことに対し思いがけず称号を受けたが、研究を進めるために協力をいただいているモンゴル・日本の研究者、大学院学生にも同時に与えられた栄誉である。
日本によるモンゴルへの技術・経済援助は莫大なものであるが、その効果を根付かせるためには、我々の日常の知識を超えた鍵も時に必要となる。例えば草原にトランジスタラジオを持ち込んでも、乾電池を手に入れるためにウランバートルまで車で3日かかるのでは使えない。高価な化学分析装置も純度の高い試薬が入手できなければ稼動できない。ハイテクは勿論必要だが、それを維持していくためにはいかに役立つローテクを利用するかが鍵となる。地中レーダを持って、草原地帯に行ったときのことである。どちらを向いても同じにしか見えない疎らに草の生えたゆるやかな丘陵地帯でどうやってドライバーが方向を決めているのか、1日車に乗っていてもわからなかった。同時に彼は車が故障したら何が何でも修理して町にたどり着くサバイバル技術をもつエンジニアでなければならない。電子メールを送れば外国から2日で部品が届くことに慣れてしまった我々は、彼らに技術者・工学者の原点を見る思いがした。

(東北大学 東北アジア研究センター ニュースレター 掲載原稿 2001年 6月)















2001年1月16日 モンゴル技術大学での名誉教授授与式















モンゴルの草原での地中レーダ計測



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